2008年07月15日

名短篇、ここにあり / 北村薫・宮部みゆき編 [書評]

名短篇、ここにあり名短篇、ここにあり
北村薫・宮部みゆき編

文庫本, 筑摩書房, 2008/01/09

 いきなり突拍子もない話で恐縮だが、本書を通読して評者は、かの小倉百人一首を連想した。

 小倉百人一首は、ご存知のとおり、藤原定家の撰とされる、天智天皇から順徳天皇に至る各時代の著名な歌人百人の歌を一首ずつ収めた歌集であり、今なおかるたや古典の入門教材として日本人に広く親しまれている。

 ところがその定家の撰について、古来、何人もの研究者や専門家が、ある疑問を呈してきた。というのは、小倉百人一首には、むろん誰もが認める秀歌も数多く収められているが、一方で後世にほとんど知られていない歌人の歌や、有名な歌人の作であっても、「この人ならもっといいのがいくらでもあるだろうに」と思えるような平凡な歌も、また少なくないのである。続きを読む
2008年07月10日

冬そして夜 / S. J. ローザン [書評]

冬そして夜冬そして夜
S. J. ローザン / S. J. Rozan
直良和美

文庫本, 東京創元社, 2008/06

 11月の深夜、突然の電話に私立探偵ビルは不吉な夢から現実に呼び戻された。電話はニューヨーク市警からで、窃盗の容疑で逮捕された少年が、彼の知り合いだと話しているという。警察署に赴いてみると、そこには妹ヘレンの息子ゲイリーがいた。今年15歳になる彼は、面立ちが若い頃のビルにそっくりだ。もっともビルは、妹の夫と折り合いが悪く、妹一家とはずっと疎遠で、彼らがどこに住んでいるのかさえ知らなかった。

 ともあれ甥との思わぬ再会を果たしたビルは、保護者としてゲイリーを自宅に連れ帰る。ハイスクールでアメフトをやっているという甥に、ビルは温かい食事を与え、穏やかな口調で家出の理由を尋ねる。しかしゲイリーは、「やらなければならないことがある」と答えるばかりで、さっぱり要を得ない。のみならず彼は、ビルが目を離した隙に寝室の窓を破って逃げてしまう。続きを読む
2008年07月07日

母と旅した900日 / 王一民 ・ ユ・ヒョンミン [書評]

母と旅した900日母と旅した900日
王一民, ユ・ヒョンミン
蓮池薫

単行本, ランダムハウス講談社, 2008/02/28

 去る2002年、24年に渡る北朝鮮での拉致生活ののち日本に帰国したあの蓮池薫氏が、現在翻訳家として活躍されていることを、評者は寡聞にして知らなかった。評者がそのことを知ったのは、先日放送されたNHKの書評番組「週刊ブックレビュー」においてだった。その日、特集コーナーのゲストとして登場した蓮池氏は、氏の最新の訳書である本書とともに紹介されていた。

 本書は、99歳の母と、その母親を乗せたリヤカーを自転車で牽いて、3万キロに及ぶ旅をした74歳の中国人男性の、壮大な親子愛を綴ったノンフィクションである。中国全土で大きな話題となり、日本でもそのドキュメンタリー番組が紹介されたこの実話を、本人へのインタビューをもとに、韓国人作家ユ・ヒョンミンが文章にまとめたものである。続きを読む
2008年06月27日

スカイシティの秘密 / ジェイ・エイモリー [書評]

スカイシティの秘密−翼のない少年アズの冒険スカイシティの秘密−翼のない少年アズの冒険
ジェイ・エイモリー / Jay Amory
金原 瑞人, 圷香織

文庫本, 東京創元社, 2008/06

 未曾有の大災害によって地表はすべて汚染され、生き残った人々は地上を捨て、上空数千メートルの雲の上に、巨大な柱によって支えられたスカイシティと呼ばれる都市郡を建設した。そしてそこに暮らす人々は、やがて天使のような翼を持ち、自由に空を飛べる天空人(エアボーン)へと進化していった。

 平和で豊かな天空人の暮らし。しかしそれは、見捨てたはずの大地から供給される資源や燃料によって支えられていた。けれど満ち足りた生活に慣れてしまった天空人たちのほとんどは、いつしかそれらが機械によって自動的に運ばれてくるものと思うようになっていた。

 そんな矢先、何者かの妨害によって物資の供給が滞り始めた。放っておけばスカイシティの存亡にも関わりかねない危急の事態だ。地上でいったい何が起きているのか。スカイシティの統治者にそれを調査すべく選ばれたのは、天空人でありながら生まれつき翼を持たない少年アズだった。生来社会的弱者として扱われてきたアズの身体的特徴が、すでに絶滅したとされている地上人(グラウンドリング)に酷似しているというのがその理由だった。そうしてアズは、天空人の誰一人降り立ったことのない地上に向かうエレベーターに乗り込んだ……。続きを読む
2008年06月21日

目くらましの道 / ヘニング・マンケル [書評]

目くらましの道 上目くらましの道 上
ヘニング・マンケル / Henning Mankell
柳沢由美子

文庫本, 東京創元社, 2007/02/10

 背骨や頭部を斧で叩き割り、さらに被害者の頭皮を剥ぎ取るという、常軌を逸した連続殺人事件。その犯人がわずか14歳の少年だとしたら、それはかなりショッキングな結末と云えるだろう。しかしこの作品では、そのことがはじめから読者に明かされている。物語の冒頭、最初の殺害の場面が、犯人と被害者の視点で描かれるのである。舞台はスウェーデン南部の小都市イースタ。少年は自宅の地下室で、神聖な儀式と入念な化粧によってアメリカ先住民に「変身」すると、フルフェイスのヘルメットに顔を包み、モペットで現場に向かう。そして周到に準備された「任務」を、淡々と「遂行」するのである。

 このように最初に犯人の側から犯行の様子を描き、その後、捜査陣が真相を究明する過程を綴ってゆく推理小説の形式は、一般に「倒叙(とうじょ)」と呼ばれ、マンケルの得意とする手法の一つである。マンケルは、サイコスリラーさながらの身の毛もよだつ殺害シーンの描写によって、読者をいきなり物語世界に引きずり込み、同時に犯人の異常な性格を強烈に印象づける。少年はなぜそんな犯行を重ねるのか、捜査陣はどうやってこの思いも寄らない結論に辿り着くのか。そう思った瞬間、読者はマンケルの術中にはまっている。あとは彼の巧みなストーリーテリングに導かれるまま、最後まで一気にページを繰り続けるしかない。続きを読む
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