2008年06月11日

タンゴステップ / ヘニング・マンケル [書評]

タンゴステップ 上タンゴステップ 上
ヘニング・マンケル / Henning Mankell
柳沢由実子

文庫本, 東京創元社, 2008/05/23

 ヘニング・マンケルは、一見冴えない中年刑事クルト・ヴァランダーを主人公にした警察小説のシリーズで知られる、スウェーデンの国民的作家である。ヴァランダー・シリーズは当初からスウェーデン国内及び北欧で高い評価を受けていたが、2001年、5作目の『目くらましの道』がCWA(英国推理作家協会)ゴールドダガー賞を受賞すると、一躍ヨーロッパ全土に浸透し、各国でのマンケルの人気を不動のものとした。ヴァランダー・シリーズはこれまでに35ヶ国で紹介され、累計2000万部以上の売り上げを記録しているという。

 本書は、そのヴァランダー・シリーズが一応の完結をみたあとに書かれた、シリーズ外の長編ミステリである。老境にさしかかったヴァランダーに代わって登場するのは、37歳独身の警察官ステファン・リンドマン。しかし、さまざまな悩みや弱さを抱えた主人公が、思いがけず不可解な事件に巻き込まれ、その背後に潜む巨悪に立ち向かうという、マンケルならではの物語の構図は、ヴァランダー・シリーズと変わらない。また犯罪捜査の過程を通して、等身大の個人の苦悩を描き、同時にスウェーデン社会の暗部を鮮やかに切り取ってみせる彼の手腕も健在である。続きを読む
2008年06月01日

変愛小説集 / 岸本佐知子編訳 [書評]

変愛小説集変愛小説集
岸本佐知子編訳

単行本, 講談社, 2008/05/08

 柴田元幸の最新エッセイ集『それは私です』に、『自動翻訳のあけぼの』と題した文章がある。翻訳ソフトが長足の進歩を遂げ、ついにはさまざまな翻訳者のスタイルを再現できるソフトが登場するという妄想を描いた、SFショートショート仕立ての文章なのだが、そのなかに思わず吹きだしそうになる一節がある。

 文中で、その画期的なソフトはユーザーから熱烈に歓迎され、驚異的な売り上げを記録する。しかしやがて、ある思いもよらない事件を引き起こす。
 昨年の夏、ディケンズの『オリヴァー・トゥイスト』の岸本佐知子訳を「新・訳太郎 Ver 4」で作成し、そのプリントアウトをホテルのプールサイドでのんびり読んでいた四十三歳の男性が、突然、無数の機関車が走っている幻覚に襲われたのである。(中略)男性は病院に収容され、一時は生命すら危ぶまれたが、どうにか回復すると、「岸本訳ディケンズを読んでいるうちに胸が苦しくなって幻覚が見えた」と、翻訳と症状のつながりを異様に強調した。
 柴田の文章ではさらに、『「せめて鴻巣友季子訳にしていれば」といった翻訳ソフト評論家の間抜けなコメント』なども登場して、翻訳文学ファンの楽屋落ち的な笑いを誘う。しかしこれは、決して岸本の訳が奇妙奇天烈だということではない。この一節に妙なリアリティがあるのは、この人気翻訳家の訳書には、「小説とはこういうもの」という既成概念を覆すような、破天荒な作品ばかりが並んでいるからである。続きを読む
2008年05月13日

償い / 矢口敦子 [読書日記]

償い償い
矢口敦子

文庫本, 幻冬舎, 2003/06

 36歳の医師・日高は子供の病死と妻の自殺で絶望し、ホームレスになった。流れ着いた郊外の街で、社会的弱者を狙った連続殺人事件が起き、日高はある刑事の依頼で「探偵」となる。やがて彼は、かつて自分が命を救った15歳の少年が犯人ではないかと疑い始めるが……。絶望を抱えて生きる二人の魂が救われることはあるのか? 感動の長篇ミステリ。(カバーの紹介文より)
 当初はほとんど注目されなかったこの作品が、ここにきて急に再評価されるようになったとかで、なるほど近頃どこの書店に行っても、派手なPOPとともにこの青い表紙が目に留まる。当然ご存知の方も多いと思うが、佐吉もそんな「不思議な現象」に興味を覚え、はじめての著者なのにろくに立ち読みもせず、本書を買い求めたのだった。続きを読む
2008年04月11日

「書評の鉄人」に選出されました [雑記帖]

 タイトルにもあるとおり、このたび佐吉は、オンライン書店ビーケーワン(以下、bk1)の「書評の鉄人」に選出されました! ヽ(^▽^ ノ ワーイ

 もっとも、いきなりそんなことを云われても、何のことかさっぱりわからないという方もいらっしゃるでしょうから、まずはひと通り事情をご説明 (ゝ_∂ b

 bk1 には、Amazon のカスタマーレビューと同様、ユーザーが書評を投稿できるシステムがある。そしてさらにサイト内に「書評ポータル」というページがあって、毎週金曜に更新されるそのページで、「今週のオススメ書評」10本をはじめ、その週に投稿された書評のうちからユニークなものをいくつか紹介している。続きを読む
2008年04月07日

納棺夫日記 増補改訂版 / 青木新門 [書評]

納棺夫日記 増補改訂版納棺夫日記 増補改訂版
青木新門

文庫本, 文藝春秋, 1996/07

 富山県で葬儀社に勤め、遺体を拭き清め、棺に納める仕事に就いていた著者が、その「納棺夫」としての日々と、それを通して思い巡らせた生と死についての哲学的論考を、清澄かつ力強い文章で綴った一冊である。本編は三つの章から成っており、もともと地方出版社から刊行されたものを文庫化した本書には、それに加えて「『納棺夫日記』を著して」という後日談が収められている。

 著者の青木新門はかつて、東京の大学を中退し、故郷の富山でスナックを経営するかたわら詩や小説を書いていた。その頃たまたま店に立ち寄った作家の吉村昭に見出され、吉村が編集委員を務める同人誌に小説を発表し、評判を得たこともあった。しかし、ならばと色気を出して書いた二作目以降は惨憺たる出来で作家になる目処は立たず、やがて経営していたスナックも倒産する。借金に追われ、夫婦喧嘩が絶えなくなり、それでもなお原稿用紙に向かい続ける夫に妻は、生まれたばかりの娘のドライミルクを買う金もないと、新聞を投げつける。床に落ちたその新聞に載っていた求人広告が、青木が「納棺夫」になるきっかけとなった。どんな仕事なのかもわからぬまま、青木はその求人に応募した。続きを読む
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